Vol.3「サン=サーンスとユーモア」

わが恋ふる君そ昨の夜夢に見えつる―
万葉集の巻二に収められているこの歌は、海を渡り一八七二年、フランスのサン=サーンスのオペラに登場します。
夢うつつに日本の浮世絵美人を巡り恋心が描かれたのち、すぐそばにある幸せに気がつくという物語『黄色い王女』。
題材や音階など、ジャポニズムブーム目前の先取りに加え、軽やかな喜びを交えているところに、
人を楽しい気持ちにさせたいサン=サーンスの笑顔が見えるようです。
『動物の謝肉祭』もまた、茶目っ気たっぷり。
運動会でお馴染み、オッフェンバックの『天国と地獄』は、のそのそカメさんとして登場しますね。
自作曲ときらきら星などの民謡を組み合わせた『化石』の自筆譜には、恐竜の化石の絵が…
いろいろな曲のかけらを集めて、面白い曲ができたでしょ?みたいに遊んだのかな。
考古学にも興味を持っていた彼には、ぜひ八王子の遺跡も見て、アイディアにしてほしかったなと思ったり。
この曲集は、仲良しのチェリストのために書かれたもので、友達を楽しませたいサービス精神が垣間見えます。
もっと素敵なのは、いまやチェロの人気曲となった『白鳥』の美しいこと!
ユーモアとは、やはり大切な人を喜ばせるためにあるのでしょう。
芸術作品は私たちに古いにしえの夢を歩かせてくれ、人の温かみを運んでくれます。
名曲揃いのなかで、私は「忘れかけられた楽器のために」書かれた曲が大好き。
大学時代、友達とたくさん演奏したな。
慈愛に満ちた音楽は、心に沁みる手紙のようです。
皆さん、ぜひ彼のクラリネットソナタを聴きながら、大切な方へ言葉を紡いでみてください。
文:深貝理紗子(ピアニスト)