Vol.5「ラヴェルとおしゃれ」
ミニマルってなんだろう。最小限であること、むだのないこと-
日本では10年ほど前からちょこちょこと広まり、ここ数年でひとつのブームを起こしたミニマリストという言葉は、いまやありふれた響きになりました。最小限のもので豊かな暮らしをする。最近ではその影響力が目に見える形となり、最小限を求めすぎた結果、加減のわからなくなってしまう人もいるという話も聞こえてきます。
音楽にも、最小限の音のかたちを反復させてゆくミニマル・ミュージックというものがあります。この言葉が生まれたのは1960年代のアメリカでした。でも実はその前から、ちらほらとその火種はあったように思います。言葉にあてはめられる前のほうが、より自由に、大いに斬新なこともあるように。
たん たたたたん たたたたん たん
たん たたたたん たたた たたたたたた
静まり返った空間に、スネアドラムが話し始める。同じ速さで、同じリズムで、ずっと、ずっと―
生誕150年を迎えたモーリス・ラヴェルの《ボレロ》は、それはそれは美しく妖艶な舞踏家イダ・ルビンシュタインの依頼で生まれました。酒場でひとり、女が踊る。皆が酒を楽しみ、踊りなど気にも留めぬような状況で、彼女は踊り続ける。ある男は踊りに気がつき、ある男は踊りに魅せられ、ある男は踊りに加わる。そうしていつしか、皆が一心不乱に踊りだす。まるで、なにものかに操られるように。延々と繰り返されるスネアドラムは、中央で踊り続ける凛とした女性を想わせ、いつの時代にも人々の心をいつの間にかに掴んでしまう。音楽はラヴェル自身が「オーケストラ・エフェクト」と呼んだように、あらゆる楽器が同じリズムや旋律を次々と奏でながら重なり合い、魔法のような一体感を生み出します。まさに、「管弦楽の魔術師」と呼ばれた男の真骨頂。

この魔術師は、いつもおしゃれでダンディな紳士であったと言われています。洗練されたインテリアだけを揃え、浮世絵や漆器を飾り、日本庭園を自ら造り、お気に入りの友人たちを家に招いていました。緑の豊かな八王子市では、日本式の庭園や植物が身近に感じられるはず。植物は時を超えて、その植物を愛した人たちとの、心の対話を運んできてくれるようにも思います。音楽もまた然り。浮世絵は《洋上の小舟》に、東洋の音響は《水の戯れ》や《パゴダの女王レドロネット》などに表れています。いずれも同じモチーフを絶妙に変化させ、まったく飽きさせることのない名人の筆が光っています。
戦禍に散った大切な友人たちへ捧げた《クープランの墓》は、美しく演奏されるほど哀しく優しい。ラヴェルの優しさは、人に訴えかけるようなドラマ性よりも、ひりひりと迫る孤独な呟きにこそ宿っていて、どこまでもエレガントな人だと思わされます。私は5曲目のメヌエットが大好き。フランスのどこか薄暗く寂れた景色によく似合う。それはまた、すべての人がもつであろうひとりひっそりと佇む瞬間を、そっと慰めてくれるようでもあります。
こうして洒落者のラヴェルに触れていると、ミニマルの深みと色彩を見せられているような気がします。ミニマルは決して、無に向かうことでもなく、色を排することでもない。ましてや人との関わり合いを希薄にしてゆくことでは、もっとない。
とはいえ、がんばりすぎていると、よくわからなくなってしまうこともありますね。そんなときはやはり、音楽を。ラヴェルは傑作が多くて困ってしまうなあ。格好良いものがお好きな方は《ツィガーヌ》や《道化師の朝の歌》を、詩がお好きな方は《夜のガスパール》を、ゴジラがお好きな方はピアノ協奏曲ト長調を、ぜひ聴いてみてください。私はね、ピアノ・トリオがもう、大好きで大好きでたまりません。最初はきっと何拍子かわからないかも。その巧みな技法は、わけもわからず聴く人を魔法で包んでしまう。たまにはぽーっとゆっくり、魔法にかかってみませんか?
文:深貝理紗子(ピアニスト)