
八王子芸術祭は、10年かけて八王子市内の5地域を巡る長期にわたるアートプロジェクト。2023年に続き、第2回目となる今回は、織物産業で栄えた中野・大和田・小宮・石川エリアで開催されます。キュレーターの田坂和実さんと原ちけいさんに、芸術祭の核となるコンセプト、キュレーションの舞台裏、見どころ、そして地域に根ざしたアートの役割などお話を伺いました。
□
田坂和実 TASAKA Kazumi
1997年神奈川県生まれ。2020年多摩美術大学油画専攻卒業。DUST BUNNYマネージャー。展覧会や芸術祭の企画運営、アーティストマネジメント、ギャラリーでのキュレーションなどを主に行っている。 携わった主な展示企画に、「アタミアートウィーク2017/2018」(熱海市)、「Gallery&BAR陳陳」(八王子、2018-2020)、「ao」(アキバタマビ21、3331 ART FAIR 2022)、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、映像制作)、「清流の国 文化探訪 南飛騨Art Discovery」(下呂市、2024) 等。

原ちけい HARA Chikei
リサーチャー / インディペンデント・キュレーター。1998年生まれ。東京を拠点に活動。アート、ファッション、写真領域を基盤に、技術の読み替えを通じてコミュニティの再設計を試みるリサーチおよび展示企画を行う。リサーチおよび展示企画を主軸に活動するほか、国内ファッションブランドにおけるリサーチアシスタントも務める。近年の主な企画に、佐野虎太郎「GOLEM DRAPE ENGINE」(WHITEHOUSE、東京、2024)、「甲斐絹をよむ」(Fuji Textile Week 2023、山梨、2023)、「遊歩する分人」(MA2 Gallery、東京、2022)など。寄稿媒体にThe Fashion Post、artscape、Tokyo Art Beat、Popeye Web、IMAなどがある。

―八王子芸術祭のコンセプト「経(たて)の記憶に、緯(よこ)の風をとおす」は、どのようにして生まれたのでしょうか?
原ちけい(以降、原):今回のエリア(中野、大和田など)は、八王子の基幹産業である「織物」の歴史が色濃く残る地域です。その歴史をと未来を紡ぐメタファーとしてコンセプトが生まれました。地域の土壌に息づく歴史と伝統、積み重ねられた記憶を「経糸(たていと)」に見立て、いまを担う市民や芸術祭に関わる人々の、創造性や探求心、仮設的に現れる風のような想いを「緯糸(よこいと)」として表現しました。この2つの糸が織り合わされることで、伝統と地域の潜在力が掛け合わされ、八王子の新しい物語が織りなされていくという願いが込められています。
田坂和実(以降、田坂):準備にあたり、クリエイティブ・ディレクターである文化人類学者の中村寛さんをはじめ、デザイナーチームや、制作ディレクターの戸田史子さん、私たちキュレーターと作家さん、(公財)八王子市学園都市文化ふれあい財団の方々と一緒に地域のリサーチを丹念に行ったのですが、その過程でチームで議論を重ねるうちに、この言葉が最もふさわしいなと導き出されました。
-10年かけて地域を巡る「巡回型芸術祭」という形式は、どのような点が魅力でしょうか?
田坂:巡回型の一番の魅力は、「地域に新しいコミュニティを継続的に生み出し続けられる」ことです。普通のお祭りは一度きりで終わってしまいますが、八王子芸術祭は2年ごとに場所が変わり、関わる人も、使う場所も、地域の文化も変わって、また新しい物語が始まります。
八王子を舞台に「5つの地域を巡る旅」として、長期的にアートが街に関わり続けるので、とても魅力的ですね。
原:難しい点は毎回ゼロから始めるリサーチと会場調整です。前回の経験を引き継ぎながらも、地理も文化も異なる地域で、またゼロから地域の住民の方や地主さんとの信頼関係を築き、必要に応じて交渉もしていかなければなりません。特に八王子は大きなギャラリーが少ないため、展示には空き家や旧工場跡、古民家などの特殊な会場を使う必要があり、その都度、安全性の確保や利用許諾、リフォーム、運営と調整の難しさが伴います。
―お二人が八王子芸術祭2025のキュレーターに就任された経緯について詳しく教えてください
原:私は日頃、場所を構えないインディペンデント(独立した)キュレーターとして、アートの周縁で企画展示や執筆などを行っているのですが、、富士吉田・山梨で開催された「Fuji Textile Week 2023」の関連で、織物や養蚕文化にまつわる企画を組んだ経験があり、今回、織物をテーマの一つとするこの芸術祭にご縁をいただきました。八王子のような「都会と田舎の良さが混ざっている郊外の街」で、現代アートをはじめとする創作表現が、地域にどのような価値観や視点をそっと置いていけるのかという問いに強く関心を持っています。今回の芸術祭を通して、皆さんの日常や見慣れた風景に新しい発見をもたらすような、そんな企画を目指しています。
田坂:私は大学時代から9年間八王子に住み、多摩美の友人と八王子駅北口近くにギャラリーバーを立ち上げた経験や現在は八王子でアートスペースを経営している経緯もあり、その地域とのつながりから今回、お話をいただきました。現在の仕事ではアートマネジメントや作家のサポートもしており、その知見を活かしていければと思っています。実は私と原さんは97年、98年生まれの同学年で、原さんの「批評などプロならではの深い視点」と、私が培った「地元目線の親近感」の両方をうまくバランスを取りながら進めていった感じです。
―これだけの作家さんを選定するのには、ご苦労もあったのでは?
原: 今回の企画構成と作家選定は、正直に言って時間との勝負でした。屋内・屋外・ワークショップ(体験)型が展開される中で、通常のギャラリーと違って旧工場や古民家、公園など、場所の制約が非常に強い会場ばかりです。そのため、単に地域を調べて作品を作るだけでなく、「この場所でなければ成立しない」作品、あるいは「この場所を深く掘り下げ、将来につながる形をつくる」作家さんを見つける必要がありました。
田坂:そういう意味でも作家選定と会場探しは同時並行で進めるしかありませんでした。地域の歴史を深く調べ、地元の方と直接コミュニケーションを取り、作品の制作を通じて地域に貢献してくれるような、「リサーチベースの活動」をしているアーティストを最優先で選んでいきました。加えて、「八王子と体感的なつながり」がある方。 八王子に住んでいたり、在学していたりと、この土地を一時的にでも体感している作家であること 。そして、「若手世代の視点」。若い世代がこの街をどう見ていくのかという視点も重視しました 。
選ばれた作家さんたちは、本当に厳しい条件の中で、地元の方や歴史に接しながら 、それぞれの場所で孤軍奮闘してくれました 。その結果、個々のオリジナリティが光る作品が集まりながらも、全体として一つの大きなまとまりで見ることができる芸術祭になったと思います 。
□

―今回の芸術祭で、特に注目してほしい作品や、地域との関わりが深い企画を教えてください
原:すべての作品に注目していただきたいのですが(笑)、例えば、建築設計事務所「TATTA(富永大毅さん、藤間弥恵さん)」のお二人には、今回アーティストとして参加いただき、使われなくなった木材の次の活用法と、中野地域のまちづくりにつながるワークショップを展示制作として作り上げていただきました。八王子市立第九小学校前の木造の空き物件を利用して、子どもたちや地域の人々が集える複合的な居場所を将来的に作るプロジェクトをTATTAのお二人が構想していて、今回はその第一歩として、建物のファサードの改修と、この夏惜しくも解体されてしまった片倉製糸工場の木材を再利用したフォリーや地蔵作りを行いました。これらのプロジェクトはワークショップ形式で今年の夏から秋にかけて、地域の人々や大学生の皆さんなど広い年齢層の方々と一緒に行い、そこでも新しい地域のつながりが生まれながら、八王子の暮らしを木材という部材から考えられるような枠組みとなりました。制作された作品は中野地域の各会場と、地蔵を探しながら歩く「地蔵ウォークラリー」をとおして、街へと広がっているので、ぜひ探しながら、八王子自体を見つめていただけると楽しいでしょう。
田坂: 私は大学時代から芸術祭が大好きなんですが、今回、作家さんと一緒に地域の方に理解を得ながら、リサーチし、その作家さんが「いま興味があること」、「調べていること」を一緒に見ながら、作っていくことを大事にしてきました。どの作品も地域との関わりが深く、キュレーターの期待を超えるものです。これらの作品に多くの方が触れることで、何かこう、新しいものが生まれて、この街が変わっていくような波が起こるといいなと思っています。
-芸術祭が八王子という地域にもたらす「変化」や「期待」は何だとお考えですか?
原:八王子は「都心の一部でもあり田舎でもある」という特性を持っています。物理的な距離は近いが精神的な距離が遠い一般的な都市とは異なり、人との関係性が「ちょうど心地よい大らかさ」を持っていると感じています。その心地よさの中で、日常生活の中の小さな感動や出来事、出会いといった「小さな連鎖」に気づくきっかけが生まれることを期待しています。
田坂: 芸術祭を機に、今まで表に出ることのなかった地元のクリエイターさんや、街の魅力にスポットライトを当てることで、コミュニティが生まれ、もっと街が楽しくなるんじゃないかと希望を抱いています。関わってくれたサポーターさんや来場者さん同士の新しいコミュニティが生まれて、その熱が次の2年、そして10年へと繋がっていくことが、私たちの一番のゴールですね。
-来場される方々へ、芸術祭をより深く楽しむためのメッセージをお願いします。
原:八王子という町全体が特徴的で面白いので、まず会場に来て、その体験を共有していただきたいです。作品だけでなく、そこにある歴史や、作家さんの視点を通して街の新しい見え方を発見し、その楽しさや面白さが「連鎖」となって広がっていくことを願っています。
田坂:作家さんが時間をかけて地域と向き合い、制作した作品の細かいこだわりや背景をじっくりと見てほしいです。掲示しているテキストもゆっくり読んでみてください。また、作品鑑賞だけでなく、ぜひ街を歩き、気になった飲食店に入ったり、地元のサポーターや一緒に鑑賞している人に話しかけたり、コミュニケーションを楽しんでください。この芸術祭は、すべてを含めて「八王子という場所での体験」です。
□













