ラ♪ラ♪ラMAGAZINE Vol.17 -Interview-

 
2025年7月、約1年半ぶりにリニューアルオープンした「いちょうホール」のエントランスに新しく登場した2つのベンチ。デザインを担当したサレジオ工業高等専門学校(サレジオ高専)卒業生の大谷茜さんに作品への想いや工夫、エピソードなどお話しを伺いました。

 

―今回のプロジェクトは、どのように始まったのですか?

大谷:約1年前の(サレジオ高専在学中の)2024年になりますが、いちょうホールのリニューアルに伴い、ホールのご担当者からゼミの坂元先生に「エントランスに設置する移動できるベンチを新しく置きたい」と相談いただいたことから始まりました。この依頼を受けて、先生から私たちゼミ生に話があり、卒業研究の一環として取り組みました。

それまで公共の場で使われる家具をデザインする機会はありませんでしたので、第1案は坂元ゼミのみんなでいろんなアイデアを出し合いました。多種多様な案の中から私の案を選んでいただき、そこからデザイン作業が本格的にスタートしました。坂元先生を中心に、ときにはゼミの仲間にも協力してもらいながら、練り上げていきました。

デザインを担当した大谷茜さん(中央)、
ご指導にあたった坂元愛史 先生(右)、同ゼミ生の近藤由菜さん(左)

ーそれぞれのベンチのコンセプト、特徴について教えて下さい

大谷:エントランスに設置されるので何かシンボルになるものが良いと思い、3人掛けのベンチは、八王子市のシンボルである「いちょう」をモチーフにデザインしました。『つつみこむ』を作品のテーマに据えて、多摩産材をふんだんに使用し、いちょうの葉の曲線に合わせて背もたれから座面、足元に続く、包み込むような曲面が特徴です。特に足元の曲線具合は検討を重ねました。背もたれの高さにも配慮しました。小さなお子様も訪れるホールですから、背もたれの裏側にお子さんが隠れてしまわないように、離れたところからでも安心して目が届くように低めに設定しています。初期のデザイン案では仕切りの肘掛けもあったのですが、ホールのご担当者様からも提案いただき、ゆったりとした心地良さを考慮してなくすことにしました。こうしたデザインに製作の飛驒産業様の技術力が加わり、多摩産材を使った木がやわらかく包み込む、温かみのあるデザインに仕上がりました。

『つつみこむ』 デザイン:大谷茜 / 製作:飛彈産業

大谷:一方で「6人掛け」タイプは、『つながり』をテーマにしています。今回デザインを始めるにあたって、さまざまな場所にあるベンチやソファを見てまわりました。フィールドワークを重ねるうちに見えてきたのは「必ずベンチの真ん中や端っこの席が空いている」ということです。「隣の人と一定の距離を保ちたい」、「近くに人がいると圧迫感を感じる」と思う方は多いですよね。でも、こうしたちょっとした課題を解決できれば、もっと多くの人がベンチで休めるようになり社会の役に立つのでは? もっと人と心地よい関係を築けるようになるのでは? そんな思いから生まれたのが「つながり」のベンチです。

『つながり』 デザイン:大谷茜 / 製作:飛彈産業

―「つながる」をデザインするにあたって工夫した点は?

大谷:一番のポイントは、座る人同士の関係性に応じて座る向きを自然に選べる点です。例えば、他人同士の場合、それぞれ目線が合わないように、それぞれが違う向きに座れば隣が気になることはありません。逆に友人同士、ご夫婦などある程度親密な関係であれば、お互いが向き合うように座ってお喋りすることもできます。小さなお子さまがいる場合は、2人の間にあるスペースに一緒に座ることもできます。目が届くところですから安心です。こうすることで無駄に席が空くことがありません。しかも他人とも程よい距離感を自分たちで想像しながら座ることができます。また、移動することもできて、分解して3人掛け、4人掛けなど様々な使い方もできます。設計段階では、PC上でシミュレーションしながら、進めて行きました。実際にベニヤ板を使って自分たちで試作品を制作して、座面の高さや「何人座れるか」など、ゼミのみんなでわいわい言いながら検討を重ねました。

背を向けて座るパターン
対面で座るパターン
PC上でのシミュレーション
分解して使用することも!

  

サレジオ工業高等専門学校 デザイン学科 教授 坂元愛史 先生にお話を伺いました!

坂元:今回、このような機会をいただき、とても感謝します。学生たちもデザインから実際の製造プロセスに関わることができた貴重な経験になったと思います。大谷さんとは約半年間、「こうしたら、いいんじゃない?」「ああやってみようか?」など頻繁にやり取りしながら、アイデアを形にしていきました。他のゼミ生のアイデアや意見も積極的に取り入れ、試行錯誤しながらのトライでした。2つのベンチともたくさんのアイデアが込められていますが、特に『つながり』のベンチは「座る」だけでなく、背を外してフラットにベッドのように横になることもできます。例えば、熱中症の方の救護用としても利用でき、公衆の場として果たす機能性にもこだわりました。なかなか卒業生の作品が公の場に出る機会はないのですが、今回このようにホールのエントランスという公共の場に設置されるのはとても光栄なことです。製作の飛驒産業様の細部にわたるプロフェッショナルな仕上げも素晴らしく、とてもクオリティの高い作品になったと思います。良いものはこちらから使い方を提示するものではなく、自然とその人に適した使い方に馴染んでいくものだと思っています。そんな使う人にやさしいベンチになっていくと嬉しいですね。


実際にエントランスに設置された2つのベンチを見て、感想をお聞かせください

大谷:実はでき上がりを初めて見たのは今日が初めてですが、こうやって実際に設置された姿を見ると嬉しいですね。感動します。多摩産材のやわらかな雰囲気も良いですし、飛驒産業さんの製造工程での技術が光る仕上げが随所に見られて「さすがプロだ」と感心しきりです。

これからいちょうホールに訪れる市民の皆様に、メッセージをお願いします

大谷:この度はこのような貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。いちょうホールのエントランスの新しいシンボルになってくれたら嬉しいです。待ち合わせ場所や公演前の待ち時間、鑑賞後に感想を語り合う場など、たくさんの方に利用していただければと思います。新しいホールの心地よい雰囲気に調和しながら、自然と会話が生まれ、つながりが生まれる空間になればと願っています。

 

2025春から社会人として働く大谷茜さん。出来上がったベンチと初めて対面し、作品を前に笑顔いっぱいでインタビューに答えてくれました。これからのますますの活躍を願っています。
当ホールにお越しの際はぜひ学生たちの想いがたくさんこもったベンチをに触れて、座り心地を体感してみてください